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札幌地方裁判所 昭和41年(行ク)7号 決定 1966年12月23日

申立人 第一小型ハイヤー株式会社

被申立人 北海道地方労働委員会

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

(申立人の主張)

申立人は前掲緊急命令(編注、後記参考資料参照)を取消す旨の裁判を求めた。その申立理由の要旨はつぎのとおりである。

一、救済命令の違法

被申立人が、昭和三九年道委不第六号事件についてなした不当労働行為救済命令(以下「本件救済命令」という。)は、事実を誤認し、法律の解釈・適用を誤つて、不当労働行為に該当しない事実を不当労働行為と判断した違法なものである。すなわち、申立人が本件救済命令にかかる飯村平ら一〇名(以下「飯村ら」という。)を懲戒解雇したのは、同人らが、ビラ貼り、本社事務室の占拠、菊水支店運転手仮眠室のふとんの持出し、車両の占有等の違法行為を企画、指導、実行したことを理由に、職場規律維持のため就業規則を適用してこれを行つたものであり、不当労働行為ではない。しかるに本件救済命令は、その理由において、飯村らの前記行為は正当な争議行為の範囲をこえるもので、飯村らがその責に任ずることもやむを得ない旨の判断を示しながら、結論的には右懲戒解雇を組合の壊滅を企図してなされたものと誤認し、労働組合法七条一号の不当労働行為に当るとの誤つた判断をしている。

二、原職復帰適格を有しないことについて

飯村らは、前記のとおり、長期間反覆して行われた重大な職場規律違反行為を理由として懲戒解雇されたものである。このような重大な職場規律違反のあつた者を暫定的にせよ職場に復帰させることは、回復できない職場秩序の混乱を招くことになり、申立人にとつて忍耐の限度をこえるものである。本件緊急命令は、飯村らの原職復帰を命じているが、同人らは申立人会社従業員としての適格がない。

三、緊急命令の必要性について

緊急命令の必要性は、労働者の生活困窮の防止に重点が置かれているものと考えられるところ、飯村らは、争議期間中の昭和三七年一〇月から昭和三八年九月までと、解雇された直後の昭和三八年一二月から現在まで、合計約四年間にわたり生活保護法による生活保護費の支給を受け、更にアルバイト等をして生活を維持し、その上、争議中の負債をも返済している。また、飯村らのうち佐藤寛一は北海道機関紙共同印刷株式会社に、伊東昭宣は日本共産党北海道地方委員会に、それぞれ勤務しており、両者とも少くとも月三〇、〇〇〇円をこえる収入があるものと推定される。これらの事実からして、本件緊急命令の必要性はないというべきである。

(当裁判所の判断)

一、申立理由一について

本件救済命令書によれば、被申立人は、申立人主張のような飯村らの行為を認定し、右行為は正当な争議行為の範囲をこえるものであり、飯村らがその責に任ずることもやむを得ないとしながらも、(1)右の行為はいずれも昭和三七年六、七月頃、争議中に行われたものであるところ、これを理由とする本件懲戒解雇が、右日時から一年余を経過し、すでに争議終結して労使の間がようやく正常化をたどろうとしていた昭和三八年一一月二八日に突然なされたこと、および、(2)飯村らは組合執行委員であり、本件懲戒解雇は、すでに解雇されていた及川執行委員長を除く全執行委員を対象とするもので、しかも当時の組合員総数が二五名にすぎなかつたこと、等の事情に照らして、本件懲戒解雇を不当労働行為と判定していることが明らかである。当裁判所は、本件各資料に徴し、右判定を一応相当と認めて本件緊急命令を発したのであつて、その後申立人が提出した疏明資料を含め記録を精査してもなお、現段階において右当裁判所の判断をひるがえし、右判定が明白に誤りであると断定できる資料は存しない。よつて、申立人の主張は採用できない。

二、同二について

申立人主張のような飯村らの行為を認定しながら、本件懲戒解雇を不当労働行為と判定した本件救済命令が一応相当と認められることは前示のとおりである。そして、本件救済命令中原職復帰を命ずる部分は、申立人に対して、飯村らの原職復帰の実現のために必要な限り、なし得べきすべての措置の履行を命じているものであり、右措置をなすに当り当然予想される企業内秩序の混乱ならびにこれによつて生ずる損害を忍受すべきことも、その内容に含まれているものとすべきである。したがつて、飯村らに原職復帰を不能ならしめるにたりる身体上・精神上の欠陥(たとえば、不具とか精神病)が生じた等の特段の事情がない限り、単に、飯村らの原職復帰によつて職場秩序の混乱を招き、それが申立人の忍耐の限度をこえるというだけでは、本件救済命令取消訴訟の本案判決確定に至るまでの暫定的な措置として、飯村らの原職復帰を命ずる緊急命令を発することの妨げとなるものではなく、本件の場合右特段の事情があると認められる資料は全くない。それゆえ、申立人の主張は採用できない。

三、同三について

申立人は、緊急命令の必要性の有無はもつぱら労働者の生活困窮の防止に重点を置いて判断すべきであるのに、本件では被解雇者に同命令が必要なほどの経済的必要が存在しないと主張する。

しかし、緊急命令は、労働委員会の不当労働行為救済命令に対して取消訴訟が提起された場合、その判決確定を待つていたのでは、不当労働行為の性質上労働組合活動が回復できない侵害をこうむり、救済命令が全く無意味なものと化するのを防止するため、いわば取消訴訟を本案としこれに付随する暫定的一時的処分として、救済命令の履行を確保すべく設けられた制度である。したがつて、緊急命令を発するについての一要件たる必要性は、緊急命令制度が不当労働行為救済制度の一環をなすものであることに照らしてこれを理解すべきであり、不当労働行為救済制度の目的が、個々の労働者の経済的地位の保護というよりは、むしろ当該不当労働行為を排除し、使用者をして不当労働行為なかりし状態の回復に必要な措置を講ぜしめ、もつて労働者の自由な団結権(したがつてまた争議権、団体交渉権)を保障するにあることを考えると、緊急命令の必要性の有無は、救済命令取消訴訟係属中における労働者の生活困窮防止のための経済的必要の如何によつてのみこれを判断するのは妥当でなく、経済的必要とあわせて労働者の団結権の保護の面からもこれを判断しなければならないと解するのが相当である。

そこで本件について考えるに、本件各資料(とくに、被申立人代表者審尋の結果ならびに昭和四一年一二月七日付第一ハイヤー労働組合作成の上申書およびその付属書類)によれば、現在第一ハイヤー労働組合の組合員数は二〇名であるところ、同組合の全執行委員である一一名は申立人会社を懲戒解雇されており(一名は前記及川執行委員長、その余は飯村ら一〇名である。)、申立人会社に就労しているのはわずか九名にすぎず、しかも右一一名は後記のとおり懲戒解雇以来その生活に困窮し、生活を維持するのに追われているため、更には、右組合がいわゆる企業内組合であることも手伝つて、右組合は労働組合としての本来的活動をほとんどなし得ないありさまであり、組合員の自由な団結に重大な支障をきたし、ひいては申立人会社との自由対等な団体交渉も不可能な状態にあることが認められる。したがつて、もし本件取消訴訟が確定するまで本件救済命令の内容が実現されないならば、右組合はその団結について回復すべからざる不利益をこうむること明らかであり、原職復帰を命ずる緊急命令の必要性が存在するといわなければならない。

そればかりでなく、労働者の経済的必要の点から考察しても、本件において原職復帰を命ずる緊急命令の必要性がないといえない。すなわち、本件各資料によれば、飯村らが現在生活保護法にもとづく金銭の給付を受けており、これに加えていわゆるアルバイトや行商をして収入を得ていること、飯村らのうち佐藤寛一は北海道機関紙印刷株式会社に、伊東昭宣は日本共産党北海道委員会に、それぞれ右会社および委員会の必要に応じて雇われて収入を得ていること、ならびに、前記組合が争議中の負債を若干返済したことが認められるのであるが、しかし、生活保護法による金銭の給付はそもそもその本来の趣旨からして組合員およびその家族の生活を維持するのに必要最低限度のものというべきであり、佐藤寛一および伊東昭宣の場合をも含めて、アルバイトや行商による収入はもともと不安定で、将来にわたつて確定的に保障されているものと断定することもできないし、また、飯村らが現在得ている収入は、申立人が本件救済命令の趣旨にしたがい、同人らを原職に復帰させた場合に同人らが得られる給与よりもはるかに少額であることがうかがわれ、結局、飯村らは本件懲戒解雇以来その生活に相当困窮しているものと認めるに難くないのであるから、原職復帰を命ずる緊急命令の必要性がないということはできないのである。

四、以上の次第で、本件取消申立は理由がないからこれを却下すべく、申立費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 平田浩 三宅弘人 根本真)

〔参考資料〕

緊急命令申立事件

(札幌地方昭和四一年(行ク)第四号 昭和四一年一〇月二一日 決定)

申立人 北海道地方労働委員会

被申立人 第一小型ハイヤー株式会社

主文

被申立人は、原告第一小型ハイヤー株式会社・被告北海道地方労働委員会・参加人第一ハイヤー労働組合間の当裁判所昭和四一年(行ウ)第九号不当労働行為救済命令取消請求事件の判決確定にいたるまで、右参加人組合の組合員飯村平・鳴海晋三・木下修・末崎茂・谷地政和・坂下邦雄・多賀一也・伊東昭宣・小島要および佐藤寛一を原職(いずれも運転手)に復帰させ、かつ右一〇名に対し各復帰の日からそれぞれ各人が受けるべき給与相当額を支払わなければならない。

(裁判官 平田浩 松原直幹 根本真)

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